レイリー散乱ふたたび

 きのう、「子供が親に尋ねる質問トップ3」で「なぜ空は青いの?」への回答案は、どうもよくわからないという感想を得た。大人でさえよくわからないということは、どうしようもなくわかりにくいということだろう。そこで、ちょっとべつな説明のしかたを試してみる。

「なぜ空は青いの?」

 水をいっぱいに入れたペットボトルに、スプーンいっぱいのミルクを垂らして、よく振ってかきまぜてみよう。うっすらと白い水をたたえたペットボトルができる。これを光にかざしてみよう。太陽はまぶしすぎるので、室内で蛍光灯のあかりで試すほうがいいかもしれない。どんなふうに見えるだろうか。きっと、あかりにちかいほうは青っぽく見える。あかりから遠いほうは赤っぽく見えるだろう。これは、青い光ほどまっすぐ進まずに散らばってしまいやすいからだ。

参考写真:レイリー散乱を示すペットボトル(上から光が来ている)

 晴れた日の空が青く見えるのも、これと同じことが起きているんだ。空気の中にも、ミルクの粒と同じかもっと小さいくらいのいろんな粒が浮かんでいる。だから、地球のまわりの空気の膜をまっすぐ真上から突き通ってくる真昼の太陽の光は、青い光を散乱させて空を青く染める。太陽は白くまぶしい。でも、あんまり長いあいだ青い光が散らされながら進むと、元々の白い光から青い光が少なくなって、だんだんと赤っぽい光になる。だから、朝や夕方、包丁でキュウリを斜めに切るときみたいに、空気の膜を斜めに射抜いて届く太陽からの光は、長いみちのりで青い光が抜けて、赤い光になって届く。空は赤く染まり、太陽さえも黄色く見える。
 どうしてこんなことが起こるのか。それが詳しくわかったのは、19世紀もだいぶたった1871年。説明したのはイギリスの科学者で、まだ30歳になる前の、ジョン・スチュアート・レイリーという名前の男の人だった。その年は、ヨーロッパではフランスと、まだプロシアという名前だったドイツが戦争をしていた。日本では江戸時代が終わってサムライがちょんまげを切ることになった年だ。そのとき40歳くらいだったイギリスのジェームズ・クラーク・マクスウェルという、顔の長い髭もじゃの優しそうな科学者が、それより7年前の1864年に、電気の力と磁石の力にはとてもよく似た関係があることを、さらっと4つの数学の式に書いて説明していた。レイリーさんは、このマクスウェルさんの方程式を使って問題を解いた。
 レイリーさんは、マクスウェルさんの考えを、もっと進めてみた。マクスウェルさんは、光が電気の力と磁石の力がたがいちがいにすごいいきおいで強くなったり弱くなったりしながらとびかう波の一種だという。それなら、そんな光の波が、空気中の小さな丸い粒(これはだいたい電気を帯びている)に当たると、どうなるだろう。レイリーさんは、光の波の山から山までの長さ(これを波の長さ、波長っていう)が変わると、光の強さはどんなふうに変わるかを調べて、絵に描けるようにした。つまり、数学的な関係を具体的に説明してみせた。レイリーさんが調べたのは、粒の大きさがだいたい光の波長の1/10くらいより小さいときの関係だった。
 小さな粒はとても軽いので、電気を帯びると、ほんの少しの電気でも、敏感に電気の揺れを感じるようになる。そんな粒に光が当たる。電気の力が激しく波うっているのが光だ。だから、粒はその揺れを感じて震える。自分自身の電気ごと、激しく揺れる粒は、自分がまた光の波を出す。この光はその粒からあっちにもこっちにもひろがる。つまり、散乱する。この粒がどれだけ揺れるかは、どんな波長の光が当たるかによって違う。粒の大きさが決まっていると、その粒にとっての揺れやすい揺れ方というのが決まってくる。どんな波長の光の揺れ方が、その大きさの粒にとって調子をあわせやすい拍子か、というのが決まってくるわけだ。
 ところで、目に見える光の波長には、ある範囲がある。いちばん短い波長の光は青から紫がかった色に見える。いちばん長い波長の光は赤く見える。その範囲の波長でないと目には見えないわけだけれど、波長が違うとそれぞれ違う色に見える。白い光というのはそんないろいろな色の光をぜんぶいっぺんに見たときの色だ。人間の目には、赤に敏感な部分と緑に敏感な部分と青に敏感な部分があって(その他に色には鈍感で明るさに敏感な部分もある)、目に見える範囲の光の波長のなかでは、短い波長の光を青っぽく感じて、長い波長の光を赤っぽく感じるようになっている。
 光の波長が長いほど、その長さにくらべて粒の大きさがより小さく見える。だから、光の波長が粒にくらべて大きいほど、ほとんど光はその粒をそのまますり抜けてしまう。つまり散乱されない。それでも、光の波長が短いほど、粒からすれば、より鋭い波が当たることになる。だから、よりしっかり揺さぶられるわけだ。短い波長の光は鋭く粒を震わせる。だから、波長が短いと強く散乱する。色でいうと、より青い光はより赤い光とくらべて、強く散乱するわけだ。レイリーさんの計算だと、波長が半分になると16倍も強く散乱することがわかった。数学的ないいかただと「散乱の強さは、光の波長の4乗に反比例する」ということだ。青い色の波長は450ナノメートルくらい。赤い色の波長は650ナノメートルくらい。だから、青い色の光は赤い色の光よりも4倍くらいも散乱される。レイリーさんが詳しく調べてくれたので、こういう散乱を「レイリー散乱」と呼んで、レイリーさんのことを思い出すようにしているんだよ。
 こんど空を見上げたら、レイリーさんのことを思い出しそうになったかな?