冬来たりなば春遠からじ
星新一のエッセイを読んでいると、この「冬来たりなば春遠からじ」と「命短し恋せよ乙女」がときどき出てきます。有名な言葉なんでしょう。
原文はこうです。
If Winter comes, Can Spring be far behind?
これは、パーシー・ビッシュ・シェリーの長詩『Ode to the West Wind』(1819年)の末尾にある言葉です。
(『Ode to the West Wind』の題名は『西風の賦』とか『西風に寄せる歌』と訳されているようです。)
ほとんど定訳となっているこの訳文「冬来たりなば春遠からじ」は、改造社「世界大衆文学全集」第55巻で木村毅(きむら たけし)という人がハッチンソンの小説『If Winter comes』を「冬来なば」と訳したのが元らしいです。その小説が大正時代に映画化されて日本で公開されたときに、題名が「冬来たりなば」にされた、ということのようです。
でも、原文をよく読むと、微妙に意味が違うような気がします。
「冬来たりなば春遠からじ」を現代語にすると「冬が来たのだったら、春は遠くない」という意味でしょう。
「If Winter comes, Can Spring be far behind?」は、「もし冬が来るのなら、春は遠くに隠れてあることができるだろうか?」という意味ですから、ちょっと違うような。
もし (if)
冬が (winter)
来る (comes)
のなら、 (,)
春は (Spring)
遠くに (far)
隠れて (behind)
ある (be)
ことができる (can)
だろうか? (?)
もし訳しなおすなら
冬なればその陰遠く春やあるらむ
とでも訳したい感じがします。