絵画は「どこでもドア」だ

 よく描かれた絵画は人を立ち止まらせる。
 人はその絵画に魅入られて心を旅立たせる。
 絵画はそこに描かれた世界を目の前に繰り広げる。


 暮れなずむ田園風景や、荒れ狂う海、あるいは陽射しに祝福される町並み、仕事のあいまに一息つく人たちの姿。
 それはどこかで見た光景かもしれない。
 誰もいない部屋、地獄のような惨劇、自然の法則を無視したありうべくもない幻想。
 それは見たことも見ることもない光景かもしれない。
 どちらにしても、つかのまそこに足を踏み入れ、そこに心を遊ばせる。


 恐怖を呼ぶ世界なら、心に傷さえ残るかもしれない。
 涙すら誘う美しさには、心をつかまれるかもしれない。
 遠近感を失わせるような、身の置き所すら定まらない世界には、足がすくむかもしれない。


 たとえそれが夢であれ、悪夢であれ、現実にはない世界であっても。
 絵画は旅の途中のない旅をさせる。
 向き合った瞬間に現地に着く旅だ。


 その絵のタイトルに目をやり(タイトルは与えられていないかもしれない)、その前に立てば、あなたはそこにいる。
 そこが旅の目的地。
 目的なんてなくてもかまわない旅の。