生命論と宇宙論の確認

 きょうは雨が降っていたが図書館に行った。調べたいことがあったからだ。
 雨に濡れた花がきれいだった。

 調べたいことは2つ。ひとつは化学進化について。もうひとつは宇宙論について。

 ひとつめの化学進化について調べたいことというのは、学術的な信憑性だ。5月21日に読んだ金子隆一・著「ファースト・コンタクト」のなかで気になっていた記事があった。

アンモニアと炭酸の溶液に硫化水素を吹き込むとタンパク質や糖ができるだけでなく、それらがコロイド粒子となって細胞に似たかたまりを作り、物質代謝が観察されるという実験についての記事が「最新生命論」という一般向けの雑誌に載っているという事だった。なんともかんたんに生命の基本となっている有機物が無機的な物質から合成できるという話である。信じがたくすばらしい内容なので、学術誌への発表内容とその後の反響について確認したいと思っていた。

 ふたつめの宇宙論について調べたいことというのは、web上の発言の事実確認だ。きのうスラッシュドットジャパンのコメント*1に次のような主旨のものがあった。ニュートン宇宙論特集号の記事に、いまの宇宙は151回目のビッグバンを迎えた宇宙だという記事が載っていたというのだ。その数字に驚いた。そんな151回だなんてむやみに詳細な値がどうやってわかるんだ。疑わしく思い、まずはその記事の現物を確認したいと思っていた。

 図書館ではまず「最新生命論」を開いた。

「ファースト・コンタクト」が言及していた記事を見つけた。確かに記事があり、それなりに詳しく書かれていた。末尾の注には英語で発表されている記事の著者らの論文紹介が載っていた。その論文は1990年の「Marine Chemistry」という雑誌に載ったもの。論文タイトルは "Non-biotic synthesis of organic polymers on H2S-rich sea-floor: A possible reaction in the origin of life." だ。「硫化水素が豊富な海床における非生物的な有機重合体の合成:生命の起源に可能な反応」というような意味だろう。
 その論文が閲覧できるか司書の人に尋ねてみた。専用の検索サービスである程度あちこち検索してもらったところ、論文そのものは見つからなかったが、論文が発表された雑誌なら国立国会図書館や各地の大学や研究所の図書館に所蔵されていることがわかった。探している論文が含まれる巻号やページは見つからないらしかった。論文のタイトルと掲載誌はわかっているので、 Google scholar で検索すればわかるかもと思い、一般のweb検索もできるか訊いてみた。するとPCを借りることができた。Google scholar 検索で著者名と論文名の冒頭の語で検索したところ、すぐに見つかった。*2
 論文の書誌情報はここにある。
http://md1.csa.com/partners/viewrecord.php?requester=gs&collection=ENV&recid=2453019&q=Kimoto+Fujinaga+Non-biotic&uid=787242317&setcookie=yes
 被引用情報を見ると Google scholar では5件。1993年から2005年に渡って引用している他の論文が存在していることが検索できた。
http://scholar.google.co.jp/scholar?hl=ja&lr=&safe=off&cites=15377804480647099952
 どうやら、事実認定の問題はクリアできているようだ。しかし直接引用がわずかに5件ということは、あまり高い評価を得るには至っていないということだろうか。掲載誌が海洋化学という生命の起源を研究していそうな学者には目につきにくそうな雑誌だということもあるのかもしれない。

 次いで、ニュートンの特集号を見た。最新号以外は書庫に収蔵されていたので出してもらってその近くの椅子に座って眺めた。それと目される記事はあった。「ニュートン」2008年8月号の48ページから49ページの見開き記事だ。

Newton (ニュートン) 2008年 08月号 [雑誌]

Newton (ニュートン) 2008年 08月号 [雑誌]

しかし151回というのはまったく違った。*3その記事では、ビッグバンとビッグクランチのくりかえしを30回から50回ほど経てきたと考えるサイクリック宇宙論という説が紹介されていた。その説が依拠する超弦理論自体がまだ未確定なのもあってこの説自体は試論の段階だという提唱者である京都大学の川合光博士(とニュートンにはあったが仁科加速器研究センター川合光主任研究員というのが肩書きらしい)のコメントが紹介されている。振動宇宙論というのは1930年代からあったそうだが、超弦理論をベースにしてその現代化を図ったものと言ったらいいのかもしれない。ともかく精密なものではなく、根拠もまだ不十分なものである。「151回のビッグバン」と目にしたときの驚きは一気に下降してしまった。毎回のビッグバンで前回の8倍の大きさまで成長してからビッグクランチを迎えると仮定すれば、現在の宇宙は30回から50回のサイクルを経てきたと考えると辻褄が合うということのようだ。なぜ毎回前回よりも大きく成長できるのかは記事では不明。洗濯するたびに伸びるパンツのゴムのように、サイクルをまわすたびに宇宙はブカブカになるという説なのだろうか。ともかくその説では最初のサイクルでは恒星も生まれず、前回のサイクルでやっと今の宇宙が構成できる準備が整ったと考えられているらしい。理研独立行政法人理化学研究所)の2006年のインタビュー記事にもこの説について川合光主任研究員の話が紹介されている。*4川合光・著の一般向けの本「はじめての“超ひも理論”―宇宙・力・時間の謎を解く」(講談社現代新書) も出版されていて、これが非常にわかりやすく書けているらしい。読んでみたい。
はじめての〈超ひも理論〉 (講談社現代新書)

はじめての〈超ひも理論〉 (講談社現代新書)

 図書館から帰る頃には、雨は上がっていた。