父親に頭が上がらない息子

 アシモフの父親はアシモフに対してかなり尊大だったようで、
またアシモフ自身も父親に対してかなり卑屈な態度をとり続け
ていたように思える。

                                           1966年5月31日
私は父にきのう電話して話した。彼はちょうど私の著書「ニュ
ートリノ」を一冊受け取ったところであり、表紙に私が60冊以
上の著書を執筆したとあるのが不満なのだ、というのも、彼の
見積もりによれば75冊でなくてはいかんからなのだ。私は説明
して、本のジャケットは本の発行より何ヶ月も前から用意する
のだし、実際「ニュートリノ」はまだ69冊目の著書なのだと言
った。
 すると彼ははっきりと失望して「まだ69冊なのか?」と言っ
たのだ。そこで私は言った。「ごめんなさい、パッパ、わかっ
てるよ、こんな私はあなたにとって大きな失望なんだよね、17
年も著書を執筆してきていながらまだ69冊しか書きあげられな
いんだから。」すると彼は数分の間考えこんでから、皮肉だと
合点して笑った。

"Yours, Isaac Asimov: A Lifetime of Letters"(p.206)

                                           31 May 1966
I was speaking to my father on the telephone yesterday. He had
just received a cpoy of my book The Neutrino, and he was dis-
turbed that they said on the cover that I had written more than
60 books, when according to his estimate it must be 75. I ex-
plained that the book jackets were prepared months in advance
of the book publication and that actually The Neutrino was only
my 69th book.
  And he said, with clear disappointment, ``Only 69?'' And I
said, ``I'm sorry, Pappa, I know I must be a big disappointment
to you since I've been writing books for 17 years and have only
managed to write 69.'' And after he thought that through for a
minute or so, he actually saw the irony and laughed.

 69冊も書いているような作家は世の中にそうはいないのに、それ
でも「まだ69冊なのか」と驚く父親というのはある意味すごい。
 そんな父親に対してアシモフは、皮肉とはいえ、とことん下手に
出る。
 しかし皮肉にしたって、そんな風にいうのは卑屈じゃないか。

 アシモフは、もちろん父親を愛しているというし、それは確かに
そうではあるのだろうが、それにもまして父親に服従しているよう
に見える。どうしようもなく。

 アシモフの父親ユダ・アシモフはロシアではヘブライ語で聖書
を学ぶなど知的ではあったらしいが英語がわからないまま合衆国
に移民として渡り、英語は後々までそれほどうまくはならなかっ
たらしい。しかし、アシモフはそんな父親にこんな追従めいた手
紙も書いているそうだ。

                                              4 May 1965
パッパ、ちょうどパッパからの手紙を受け取ったところだけど見事な翻訳
だね、このシュタインメッツのロシア語からの英訳は。仕事にできるよ、
パッパ、こんなに見事に英語が書けるなんて。ほんとに、もしパッパがこ
こで生まれてここで学校に通っていたら、私の居場所なんてなくなってし
まうんじゃないかと心配だよ。パッパはひとつ前の世代だから、私はただ
のユダ・アシモフの息子ってことになりそうだね。

"Yours, Isaac Asimov: A Lifetime of Letters"(p.206)

                                              4 May 1965
Pappa, I just received your letter with the excellent translation of
the article on Steinmetz from Russian to English. You can go into
business, Pappa, you write so excellent an English. In fact, if you
had  been born  here  and  had  gone  to school  here,  I'm  afraid
there'd be no room  for  me. You  would  have  been  a  generation
before, and I would only  have been Judah  Asimov's  son.

 アシモフは幼い頃に虐待とはいわなくても父親が高圧的で反抗する
ことを許されず、怖かったのではないだろうか。自己防衛のためにと
りつづけた態度を年をとってからもそのまま変えられなかったのでは
ないかと、つい邪推してしまう。