雨の朝は、いつもと少し違います


 今朝はかなりな雨でした。

 出かけるときに玄関のドアを開けると冷えた外気とともに雨音がワッと大きくなりました。ドアの向こうに黒く濡れたアスファルトの道が見えます。大きめの傘を差すと、バランスをとるのにちょっとだけ力が要りました。屋外に出ると、傘の上でバウンドする雨粒が、低いデンデン太鼓のような音をさっそく轟かせはじめます。

 白く激しく降る雨は空気を湿らせ、肌にひんやり感じます。息をすると、霧を吸い込むような感じがします。

 道路にできた即興の水溜りに、たくさんの波紋が2次元のダンスを踊っています。水溜りでないところにも、道路では立て続けに雨が弾けます。ひとつひとつが微小な隕石の衝突のようです。目を凝らすと雨のミルククラウンが見えそうです。

 道路わきの、コンクリートで蓋をされた側溝の上にたまった水には、ときどき大玉のキャンデーくらいの水の泡ができていて、ゆっくりと流されていきます。側溝のところどころ小さく開いた隙間からは、急流の音が聞こえました。

 通勤路にある大きな倉庫の端にある雨どいは、週末の夜に苦しむ酔っ払いのように咳き込みながら雨を吐き出しています。

 私の通勤路は駅まで歩いて15分くらいです。激しい雨に手の甲が濡れます。ズボンの裾が少し重みを増したようです。靴下に包まれた足の指も少し濡れてきて嫌な感じです。

 けれども、久しぶりの雨に、見るものは少し物珍しく思えます。通りを行き来する人はみんな傘を差して、いつもよりちょっとお洒落な感じです。子供の雨靴もつやつやとカラフルです。

 雨の日にいつもと違うのは人だけではありません。数羽のツバメは電線の上で濡れながら並んでいました。いつもなら空間をナイフのように切り裂きながら飛びまわるのに、今日は翼が重いのでしょうか。それとも餌になる虫も飛んでいないからでしょうか。草や花も雨の日のたたずまいです。雨粒をいっぱいうかべてうなだれて、泣いているようにも見えます。

 歩く人をよく見ると、濡れた道路に映り込んだ足元が見えます。人々が鏡の上に立っているようです。自動車道では映り込みがもっと際立って見えました。自動車のライトが湖畔か海辺に映る夜景のように、縦に長い輝きを放ちます。大きな白いヘッドライト。鋭く黄色いウインカー。小さく赤いテールライト。それらが細長くたなびいていました。自動車は雨の道を流星のような音を立てて走っていきます。フロントガラスのワイパーは、私に手を振っているようでした。

 電車に乗ると、窓ガラスは曇っていました。指先で拭うと、そこだけ小さく窓が開きます。線路の向こうの街も白く煙っているようです。
 駅に降りて階段を昇りはじめると、キュキュッという音があちこちから聞こえてきます。濡れた靴が音を立てているんですね。甲高いその音は、スズメのさえずりのようにも聞こえます。

 TSUTAYAの前に駐輪された自転車のサドルは雨を強く弾いて、水玉が豹柄の模様を描いていました。ごみ回収のトラックが、前面の下部から雨をよだれのように滴らせてゆっくり移動します。すれ違うとき、生ごみの変に甘い匂いがしました。

 勤め先のビルの手前のマンションの周りにはイチョウの木が植えられています。その木に目が止まり、思わず立ち止まりました。緑の葉っぱは無数の大きな水玉を載せて、末広がりの葉っぱを曇天に向けて広げています。灰色の空の下で輝く水玉がきれいに見えました。実際の時間はほんの数秒だったと思いますが、長い時がたったように感じました。

 こうしてみると、私はどうも雨が好きなのかもしれません。

(2008年06月12日12:24)