みんぱく

 かつて、小松左京の書いたものを読むと、たまにこの国立民族学博物館みんぱく)についての言及があった。それが頭のどこかにあって、行ってみたいに変わった。みんぱくは大阪の万博公園内にある。大阪モノレール万博記念公園前駅で降りて、しばらく歩く。行った日は、かなりの大雨だった。モノレールの駅を降りたところから、雨の向こうに太陽の塔が見えた。満月のような顔の太ったおばさんが割烹着を着て通せんぼをしているような像。巨大だ。あの塔の左を抜けて少し行った先にみんぱくはある。その塔の左を抜けて少し行った。みんぱくがあった。みんぱくに行くモノレールから降りた人の中に、浅黒いやせ形の少し筋肉質な男性がいた。髪の毛の一部を頭頂部で結って丸く載せている。全体として、仏像のようなイメージの人だった。気がつくと、その人もみんぱくに向かっている。「もしや、みんぱくのイメージキャラクターか?」と思ったが聞くのは思いとどまった。ひょっとしたら民俗学を研究している人なのかなと思いながら。
 お昼前だったので、先に昼食をとることにした。みんぱく付属の「レストランみんぱく」に入る。食券を買うようにと書いてあるのだが、食券ではなく、先にカウンターで注文と支払いを済ませるだけだった。レストランにはまばらに人がいるが、誰もが胸にカードを付けていたり、首からストラップを下げていたりするようだ。職員や研究員の人たちばかりだったのかもしれない。ジャンバラヤナシゴレンを食べた。こうした民族色豊かなメニューがあるのはいい。しかし、レストランのメニューだと、多様な料理を全部味わい尽くすわけにはいかない。館内にも試食や匂いを嗅ぐコーナーがあるとよいのではないだろうか。
 食事の後、館内へ。大きくて極彩色の海老の形の置物があった。と思ったらそれは棺だった。奥に進むと大きなカヌーやイースター島の有名なモアイ像の複製が置いてあって、なかなかの迫力。モアイは渋谷のモヤイ像よりも二周りくらい大きい。魚を捕まえるための罠は似たような構造のものが世界中にある。せまい入り口が内側に向かって吸い込まれるように開いている籠。一度入った魚は二度と出て来れないというこの籠が、ブラックホールの模型のように見える。模式的に作ったクラインの壷のようでもある。牛に引かせる鋤も、昔のヨーロッパのものとアジアのものでほとんど同じ形をしている。仮面も世界各地に多様な、それでいてどこか共通した文化のひとつだ。目が飛び出しているような異形の仮面。細くて冷酷な視線を感じる仮面。動物や鳥や魚のような仮面。顔をねじまげたひょっとこのような仮面。食事に使う食器や鍋。衣類に使う布。祭のための道具。楽器。世界中の人間たちがさまざまに工夫し、飾り付け、伝えてきた道具たち。これらがみんなたったひとつの惑星の上で、たったひとつの種Homo sapiens sapiensによって作られ伝えられ使われているものだというのが信じられないほどだ。楽器の一部と人形の一部は手に取って触ったり鳴らしてみることができるようになっていた。もっと多くのものに触ってみたいものだ。外に出ると、雨は上がっていた。雨上がりの道を歩いて戻った。