マチルダはこんなふうに計算したのかな?

 ロアルド・ダールの「Matilda」(「マチルダはちいさな大天才」)では、主人公の5歳の女の子マチルダは父親と兄(10歳)の父親のもうけたお金についての会話を聞きながら、暗算でさらっと合計を計算してみせます。

「おまえは…ずるをしたな!」マチルダをゆびさしながら
お父さんはさけびました。「おまえは私の紙を見たんだ!
私がここに書いておいたのをおまえは見たんだな!」
「お父さん、わたしは部屋の反対がわにいるのよ」マチルダ
はいいました。「どうしてそれが見れるの?」
 "You  ...  you  little  cheat!"  the  father  suddenly
shouted, pointing at her with his finger. "You looked at
my bit of paper! You read it off from what I've got
written here!"
 "Daddy, I'm the other side of the room," Matilda
said. "How could I possibly see it?"

 さかのぼって、マチルダの父が息子に話して聞かせたその日の売り上げについてのお話はこういうものでした。

「これからいう数字を書くんだぞ」とお父さんはいいなが
ら、紙を読み上げました。「一台めのクルマは二百七十八
ポンドで買って、それを千四百二十五ポンドで売ったんだ。
いいか?」
 十歳の男の子は二つの数字をゆっくりと注意しながら書
きとりました。
 "Write down these figures," the father said, reading
from his bit of paper. "Car number one was bought by
me for two hundred and seventy-eight pounds and sold
for  one thousand four  hundred and twenty-five. Got
that?''
 The  ten-year-old boy wrote the two separate
amounts down slowly and carefully.

 さて、おそらくマチルダは、話を聞きながらさっそくこの第一のクルマでのもうけを計算したんでしょう。それはこんな計算だったかもしれません。

第1のクルマ:
  1425 - 278
= 1425 - 300 + 22
= 1125 + 22
= 1100 + 25 + 22
= 1100 + 47
= 1147 [ポンド]

 暗算では、数字を頭の中に覚えておかなくてはなりません。
 そこで、暗算では、面倒な計算をできるだけ反射的に答えのわかる計算に置きかえてしまうのがコツです。

 たとえばこの場合、278を引く代わりに、300を引いてから22を足すと考えます。
 あとはふつうに考えるわけですが、1425というのは千の塊が1個、百の塊が4個、10の塊が2個、1の塊が5個あるということです。
 ここから300を引いて22を足すというのは、百の塊を3個減らし、10の塊を2個増やし、1の塊を2個増やすということです。
 千の塊はそのまま1個です。
 百の塊は1個になります。
 十の塊は4個になります。
 一の塊は7個になります。
 全部あわせると、答えは1147です。
 こうすると暗算でも計算できますね。

「第二のクルマは」とお父さんはつづけます。「かかった
金は百十八ポンドだったが、七百六十ポンドで売れた。い
いな?」
「いいよ、お父さん」と息子はいいました。「わかった。」
  "Car number two," the father went on, "cost me one
hundred  and  eighteen  pounds  and  sold for  seven
hundred and sixty. Got it?"
  "Yes, Dad," the son said. "I've got that."

 第二のクルマについては、こんな計算になるでしょうか。

第2のクルマ:
  760 - 118
= 760 - 120 + 2
= 640       + 2
= 642 [ポンド]

 第一のクルマの場合と同じです。
 2桁の計算に分けて考えるわけです。
 760から118を引くよりも120を引いてから2を足すほうが楽です。
 10の塊を単位として 76 - 12 を計算してからあとで2を足せばいいからです。
 そこで、760から120を引いた640に2を足すと、答えは642です。
 ここでさらに、第一のクルマと第二のクルマの両方あわせたもうけを計算しておきましょう。
 二つの数字を足しあわせます。

No.2までの合計
= 1147      + 642
= 1100 + 47 + 600 + 42
= 1100 + 600 + 47 + 42
= 1700       + 89
= 1789 [ポンド]

 ここでは、百以上の値と百未満の値を別々に計算しています。
 こうすると、やはり2桁の計算になるので少し計算が楽ですね。

「三台目のクルマは百十一ポンドで買い入れて九百九十九
ポンド五十ペンスで売った」
「もういっかい」息子は言いました。「いくらで売ったっ
て?」
  "Car  number  three  cost  one  hundred  and  eleven
pounds  and  sold for  nine  hundred and  ninety-nine
pounds and fifty pense."
  "Say that again," the son said. "How much did it sell
for?"

 50ペンスというのは1ポンドの半分、つまり0.50ポンドです。
 お父さんはわずかに値引きして千ポンドの大台に乗るのを
避ければ売れ行きがよくなるという話をするのですが、それ
はいまの計算には関係ないので省きます。
 三台目のクルマでのもうけは次のような計算になるでしょう。

第3のクルマ
  999.50 - 111
= 999 + 0.50 - 111
= 999 - 111 + 0.50
= 888 + 0.50
= 888.50 [ポンド]

 これはわかりやすいのではないでしょうか。
 999から111を引くのは各桁から1ずつ引けばよいわけですから、888です。
 それに端数0.50を足せば888.50になります。
 これが三台目のクルマでお父さんがもうけたお金です。
 数字を頭の中に描ければ、ほとんど途中の計算なしにいきなり結果がわかりそうですね。

 ここまでのもうけの合計も計算してみましょう。
 第2のクルマまでの合計に第3のクルマでのもうけを足します。

No.3までの合計
= 1789      + 888.50
= (1800 - 11) + (11 + 877.50)
= 1800 + 877.50
= (2000 - 200) + (200 + 677.50)
= 2677.50 [ポンド]

 工夫は、1789を1800から11を引いたものと考えたところです。
 11をどこかから引かなくてはいけないので888.50から引きます。888.50は877.50に減ります。
 1800はもういちど2000から200を引いたものと考えます。
 そのぶん877.50からまた200を引きます。877.50は677.50になります。
 2000と677.50をあわせて2677.50が答えです。

「四台目のクルマは八十六ポンドで買って――ひどいポン
コツだったな――それから六百九十九ポンド半で売った」
 「速すぎないよ」息子は数字を書きながら言いました。
「いいよ。書けた。」
  "Car  number  four cost eighty-six  pounds--a real
wreck that was--and sold for six hundred and ninety-
nine pounds fifty."
  "Not too fast," the son said, writing the numbers
down. "Right. I've got it."

 4台目はそうとうなボロ車だったようですが、それはともかく。
 699ポンド半というのは699ポンド50ペンスですが、これは699.50ポンドのことです。
 4台目のクルマでのもうけは、次のようになります。

第4のクルマ:
  699.50     - 86
= 600 + 90 + 9 + 0.50 - 80 - 6
= 600 + 90 - 80 + 9 - 6 + 0.50
= 600 + 10 + 3 + 0.50
= 613.50 [ポンド]

 この場合はそのまま各桁ごとに引き算するだけで十分速く計算できますね。

 4台目までの合計は、3台目までの合計の2677.50に613.50を足します。

No.4までの合計
= 2677.50        + 613.50
= (2600 + 77+ 0.50) + (600 + 13 + 0.50)
= (2600 + 600) + (77 + 13) + (0.50 + 0.50)
= 3200 + 90 + 1
= 3291 [ポンド]

 この場合も、百以上と百未満それから1ポンド未満で分けて計算してから足すとかんたんです。

「5台目の車は六百三十七ポンドで買い入れて千六百四十九
ポンド半で売った。ぜんぶの数字を書いたか?息子や」
「うん、お父さん」男の子はノートにかがみこんで注意深く
書きながら言いました。
  "Car  number  five  cost  six hundred and thirty-seven
pounds   and  sold  for  sixteen  hundred and forty-nine
fifty. You got all those figures written down, son?"
  "Yes, Daddy," the boy said crouching over his pad
and carefully writing.

 第5のクルマの場合も桁上がり桁下がりはないので、素直に桁ごとに引き算するだけです。

第5のクルマ:
  1649.50                - 637
= 1000.50 + 600 + 40 + 9 - 600 - 30 - 7
= 1000.50 + (600 - 600) + (40 - 30) + (9 - 7)
= 1000.50 + 0 + 10 + 2
= 1012.50 [ポンド]

 5台目までの合計は、3台目までの合計の3291に1012.50を足せばよいですね。

No.5までの合計
= 3291 + 1012.50
= (3000 + 290 + 1) + (1000 + 10 + 2.50)
= (3000 + 1000) + (290 + 10) + (1 + 2.50)
= 4000 + 300 + 3.50
= 4303.50 [ポンド]

 百以上と百未満で分ける代わりに、百の位と十の位をまとめて計算すると、29足す1が30だということはすぐにわかるので楽です。
 答えは4303.50。これがマチルダの答えでした。

 ひとつひとつの計算は無理なものではありません。
 でも、こんな計算を続けるとやっぱり疲れそうです。
 集中力と持続力が必要で、それこそが問題ですね。

 マチルダはしずかにいいました。「お父さん、きっちり
ぜんぶで四千三百と三ポンド五十ペンスでしょ。」
「まぜっかえすな」お父さんはいいました。「おまえの兄と
私はむずかしい金かんじょうでいそがしいんだ」
「でもお父さん…」
「だまれ」とお父さんはいいました。「あてずっぽうで
かしこそうにするのはやめろ。」
「答えを見てよ、お父さん」マチルダはていねいにいい
ました。「もしちゃんと計算できていたら四千三百と三
ポンド五十ペンスのはずよ。どうなの、お父さん?」
 お父さんは手の中の紙をちらっと見ました。お父さんは
かたまったみたいでした。だまってしまったのです。しん
となりました。それからお父さんはいいました。「もうい
ちどいってみろ。」
「四千三百と三ポンド50」とマチルダはいいました。
 またしんとなりました。お父さんの顔が赤黒く変わり
はじめました。
 マチルダはいいました。「ぜったい正しいわ」
  Matilda said quietly, "Dad, you made exactly four
thousand three hundred and three pounds and fifty
pence altogether."
  "Don't butt in," the father said. "Your brother and I
are busy with high finance."
  "But Dad..."
  "Shut up," the father said. "Stop guessing and trying
to be clever."
  "Look at your answer, Dad," Matilda said gently. "If
you've done it right it ought to be four thousand three
hundred and three pounds and fifty pence. Is that what
you've got, Dad?"
  The father glanced down at the paper in his hand.
He seemed to stiffen. He became very quiet. There
was a silence. Then he said, "Say that again."
  "Four thousand three hundred and three pounds
fifty," Matilda said.
  There was another silence. The father's face was
beginning to go dark red.
  "I'm sure it's right," Matilda said.

 すずしい顔で、やすやすと、しかもすばやく、自信満々で。
 そういう集中力と持続力があるのが、(小説中の人物ですが)天才の天才たるゆえんでしょうか。