通信技術としての文字

 言葉を文字に表す。それはまず、直接の対応ではなく一種のマーク、記号としての絵から始まっただろう。具体的な事物を表現した図像・シンボル。さしずめ、現在の鉄道の駅や空港など不特定多数が利用する公共施設などでよくみかけるピクトグラム、一種のアイコンといったものだったろう。それが文字となったのは、そのアイコンに音を対応付けることができたことが大きいのではないだろうか。最初はその絵が表す物の名前。そこからその名前と同じ音で呼ばれる同音異義語の別な名前を表したり、元の絵が示す物の名前の最初の音だけを示すようになったりする。アイコンは次第に簡略化され、形式化されて、抽象的な記号になり、文字となった。文字の連なりは、単なるマークから、しだいに動作や行為、音や、抽象的な概念を表す記号列としての書き言葉に成長したのだろう。
 記号列となった言葉は、物質に仮託される。音というつかのまの空気の振動は目に見えて手でさわれる手紙や本といった物質に変換され、読み手が読み上げることによって再び音声イメージに再変換される。粘土版やパピルス、羊皮紙や紙に記された言葉は、空間的にも時間的にも長距離の移動に耐える。文字がない頃には伝言ゲームでしか伝えられなかった命令や契約が、歪むことなく伝わる。高品質かつ大量のデータ通信が実現できるようになったわけだ。
 文字の出現は、長期にわたって徐々に進行したことからすれば革命的とはいえない。しかし、その前後の変化の大きさからすれば、古代の通信革命といってもいいのではないだろうか。