ハンドバッグが不要になるとき

 女性は外出時にハンドバッグを持っていることが多い。何が入っているのか妻に聞いてみた。文庫本。財布。ハンカチ。化粧品。最近はモバイルスイカで切符以外も買える。そのうち電子マネーでことたりるようになるかもしれない。文庫本だって電子ブックブラウザが普及する可能性がある。ハンカチもジェットタオルが普及しているのでたいてい自分のハンカチを使うまでもない。となると後は化粧品。それは最後のフロンティア。こういうのはどうか、と妻に話して笑いを誘った。ナノテクノロジーで作られた一種のロボットによる電子化粧品。ふつうの化粧品の粒子と同じくらいのごく小さな仕掛けが化粧品の代わりを務める電子化された化粧装置だ。アトマイザー(霧吹き)で顔に吹き付ければ顔の表面に一種のスクリーンを形成する。独立した粒子が二次元的な分布にしたがって擬似的に二次元スクリーンを構成するのだ。利用者は、携帯電話を兼ねたコンソールの操作で自分の顔に施したい化粧パターンを選択する。そのモードに即して、ナノロボットは反射能を変化させる。ナノロボットは相対位置と顔面隆起についての情報を発信し、化粧品会社や独立系コスメティックデザイン企業が提供するサーバから、それぞれがどのような色彩と明暗を表示するべきかを知らされるわけだ。結果として顔面にはデザイナの意図した色彩と明暗を反映した色や濃淡が表示される。化粧効果はもちろん利用者個人の顔面起伏に最適化した結果を現出する。反射の他に発光機能を併用してもいい。たとえば星形に発光する銀色の泣きぼくろがウインクするようにだってできる。ナノロボットの素材は金属とプラスチックの固まりというよりはむしろ有機系の素材で食物繊維やコラーゲンに近いものがふさわしいだろう。人体への害がないことが強調される。口に入って、万一飲み込んでも安全。さらに、通常は、食事やキスで化粧が落ちても大丈夫。ナノロボットはその機動性を発揮して自律的に再整列し、化粧効果を復旧させる。自動化粧直し機能である。こうして化粧直し用の化粧品の持ち運びはいまや歴史上のエピソードとなり果てる。女性がハンドバッグを持ち歩く理由はなくなり、大きなブランドバッグの需要もなくなる。ナノロボットによって表示される化粧効果は静的なパターンに限らない。アニメーションだって可能だろう。美しい女性の顔がスロットマシンとなって回転し、チェリーが3つ並んで輝く。なんてな。