日記の文体

日記は基本的に自分自身のための内省的な文章を書くものと考えていた。
そんなわけで、「だ・である」体を使ってきた。
しかし、非公開にしていないのなら、人に見てもらってもいいものにしたほうがいいかもしれない。
そう思いはじめた。


「だ・である」体と「です・ます」体の違いは、丁寧さの違いだとされている。
だが、実はそれ以上に異なるのではないか。
単に礼儀正しいとか、心がこもっているというだけではなくて、内容と読み手に対する態度が違って感じられる。


「トマトは果物です。」という文と、
「トマトは果物だ。」という文を比べてみる。


どちらも、ある意見を主張していると読むことはできる。
しかし、なんとなく、「トマトは果物だ。」という文のほうが強行な感じがする。反論が許されないわけではないが、ともかくこの主張を前提として聞き進めてほしいといわれているような感じを受けないだろうか。


逆に、「トマトは果物です。」だと、主張は主張なのだが、反論があれば甘んじて受け入れるという感じを受ける。
主張というよりは、むしろ具申という感じだ。


「だ・である」体はわずかに短い。それだけ、簡潔さは感じられる。
「です・ます」体はわずかに長く、冗長だ。しかし、より読み手に対する包容力が感じられる。


たしかに、日記は自分のために書いている。
それはそうだが、書き手としての自分だけではなく、読み手としての自分もいることには違いない。
そして、読み手としての自分は、いま、「です・ます」体で書いている日記について、違和感が募ってきている。


というわけで、これから、文体をいろいろ試してみようと思います。